大阪高等裁判所 平成2年(ネ)1529号 判決 1993年12月22日
平成二年(ネ)第一五二八号事件控訴人、附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)
村本建設株式会社
右代表者代表取締役
村本豊嗣
右代理人保全管理人
鬼追明夫
右訴訟代理人弁護士
増田淳久
同
髙階貞男
同
田端聡
同
岩佐嘉彦
同
木村雅史
平成二年(ネ)第一五二九号事件控訴人、附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)
学校法人谷岡学園
右代表者理事
谷岡太郎
右訴訟代理人弁護士
阪口春男
同
今川忠
同
廣田研造
同
三木秀夫
同
藤谷和憲
同
森澤武雄
右六名ら訴訟復代理人弁護士
岩井泉
同
平野和宏
平成二年(ネ)第一五二八号、同第一五二九号事件被控訴人
満留義廣ほか別紙附帯控訴人浜口博ら九名を含む被控訴人ら目録記載のとおり
平成二年(ネ)第一五五八号附帯控訴事件附帯控訴人
浜口博ら右同目録記載の九名
右被控訴人ら及び附帯控訴人ら訴訟代理人弁護士
小松英宣
右訴訟復代理人弁護士
千本忠一
同
今泉純一
同
菊井康夫
同
北野幸一
同
日下部昇
同
小山田貫爾
同
東畠敏明
同
福原哲晃
同
吉井昭
主文
一 原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
二 被控訴人らの本件各申請をいずれも却下する。
三 附帯控訴人らの本件附帯控訴を棄却する。
四 附帯控訴費用を除く申請費用は第一・二審ともすべて被控訴人らの負担とし、附帯控訴費用は附帯控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者双方の申立
一 本件控訴について
1 控訴人(債務者)ら
(一) 原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
(二) 被控訴人らの本件各申請をいずれも却下する。
(三) 申請費用は、第一・二審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら(債権者ら)
(一) 本件各控訴をいずれも棄却する。
(二) 控訴費用は控訴人らの負担とする。
二 附帯控訴(当審における請求の変更)について
1 附帯控訴人浜口博ら九名
(一) 原判決中、右被控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
(二) 原判決主文第二項を次のとおり変更する。
控訴人らは、右被控訴人らのために、本件宅地造成地内の盛土斜面につき、同盛土に使われた盛土材及び同盛土上の構造物のすべてを取り除き、それらを本件宅地造成地内から搬出せよ。
2 控訴人ら
(一) 本件附帯控訴を棄却する。
(二) 附帯控訴費用は附帯控訴人らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
1 原判決三枚目表六行目の括弧書き部分から同七行目の「居住し、」までを「(近鉄大阪線関屋駅周辺。以下両者を併せて『関屋地区』という。)に居住し、」と改める。
2 同四枚目表八行目の「穴虫・田尻地区と同様」を削除する。
3 同四枚目裏三行目の「及び田尻地区等」を削除する。
4 同六枚目表二行目の「香芝町」を「香芝町(奈良県北葛城郡香芝町、現香芝市、以下同じ)」と改める。
5 同一三枚目表一行目から二行目にかけての「宅地造成法等規制法」を「宅地造成等規制法」と、同枚目裏八行目の「宅地造成規制法施工令」を「宅地造成等規制法施行令」とそれぞれ訂正する。
6 同一五枚目表五行目から六行目にかけての「当たては」を「当たっては」と訂正する。
7 同一六枚目裏四行目の「蒙雨時には」を「豪雨時には」と、同九行目の「貯砂要領」を「貯砂容量」とそれぞれ訂正する。
8 同一七枚目裏五行目の「一三〇ミリリットル」を「一三〇ミリメートル」と訂正する。
9 同一九枚目表九行目の「なお、」から同枚目裏三行目までを削除する。
10 同二〇枚目裏二行目のあとに次のとおり付加する。
「そして、降雨時に盛土が崩れたりすべったりした場合や地震で盛土が崩壊した後に降雨があった場合、或いは降雨中に地震が発生して東西の盛土が耐えきれなくなった場合、大量の盛土材が土石流化して、下流直下の幼稚園、小学校付近がその土砂で押しつぶされてしまうし、土砂が盛土構造物と共に濁流となって下流側へ及ぶ範囲は、若干傾斜のある近鉄住宅、青葉台の各住宅に多大の被害を与えながら南へ流れ、その下流に堤防の如く東西に立ちはだかる西名阪道路まで押し寄せることは明らかである。また、関屋駅へ通じる西名阪ガード下の出口が土砂、盛土、学舎等構造物や住宅地からの流出物等により詰まり、水や土砂等流出物がそこで堰き止められ、西名阪道路が堤防ダムと化し、水が上流側へ逆流して被控訴人らの住宅地を浸水させる二次災害が十分予測され、更に右ダムが決壊してその下流側に第三次災害を発生させる危険性がある。」
11 同二二枚目裏七行目から八行目にかけての「又は穴虫、田尻地区」を削除する。
12 同二三枚目表二行目の「、穴虫、田尻」を削除し、同四行目の「要ること」を「いること」と訂正する。
13 同二五枚目裏一、二行目を削除する。
14 同二七枚目裏三行目の「断層破砂帯」を「断層破砕帯」と訂正する。
15 同三三枚目裏二行目の「規定されているのであるから、」を「規定されており例外を許さないものではないから、」と改める。
16 同三五枚目裏九行目、同一一行目の各「一三〇ミリリットル」を「一三〇ミリメートル」と訂正する。
二 当審における控訴人らの主張
1 本件造成工事の完成
本件造成工事は既に完成し完工検査もされている。即ち、昭和五七年七月七日都市計画法、宅地造成等規制法に基づき許可を受けた開発行為及び本件宅地造成工事に関しては、昭和六三年六月二〇日変更の許可を受け、最終的には同年一〇月一四日右開発行為及び造成工事が完了し、右各法に基づき検査済証が交付されている(<書証番号略>)。従って、右工事の差止を求める申請については権利保護要件もしくは保全の必要性を欠くというべきである。原判決は、「完工検査がなされたとはいえ、右工事は本件建築工事と一体のものであり、建築工事との関連における続行の余地は否定できない。」として、造成工事の続行禁止を命じている。しかし、建築工事との関連における工事はもはや造成工事ではなく、単に建築工事に付随するものに過ぎない。また、最も危険な状態である造成工事中に何ら危険が発生していない以上、保全の必要性はない。なお、控訴人村本建設は本件開発区域内の盛土部分について圧密沈下に伴う法枠等のクラックを補修しているが、これは日常の維持管理行為であって、本件開発区域の土地の形質を変更するものではないから、右補修行為によって本件造成工事の完了を否定することはできない。しかも、右補修行為は本件開発区域の安全性を高めるものであるから、この点からも本件造成工事の差止請求における保全の必要性はない。
2 本件開発区域の地形・地質的特性について
(一) 傾斜
急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律は、三〇度以上の斜面を急傾斜地として開発行為に対する制限を設けているが、本件開発区域の北方尾根筋の更に北側の大和川に面する斜面は三〇度を超える急傾斜であるのに反し、本件開発区域を含む右尾根筋の南側に存する斜面は概ね二〇度前後の緩斜面であって、傾斜の点からは特に開発を阻む要因はない。また、本件開発区域内には流れ盤が部分的に存在するが、斜面の安定性を検討する上で流れ盤を形成する岩盤中の割れ目が開口性か否かが重要であるところ、本件開発区域では岩の節理は密着しており危険性はない。
(二) 大和川断層の影響について
本件開発区域の尾根を隔てて北川の斜面に大和川断層が存在することから、① 同断層の活動に伴って地震が発生し、本件各工事が影響を受けるのではないか、② 同断層のような大規模な断層の近辺には平行又は垂直方向に多数の小さい副断層や共役断層が存在することがあるので、本件各工事も右副断層等の影響を受けるのではないか、という二点が問題になる。しかし、①については、そもそも活断層とは第四紀に動いた断層であって、それに伴う地震活動の可能性は本件開発区域では著しく低いし、②については、本件開発区域内に施工上注意を要するような大和川断層の副断層である断層破砕帯は存在しない。即ち、そもそも断層破砕帯が斜面崩壊の原因になると考えられているのは、断層破砕帯が粘土を伴っていることがあり、それが一つの不透水層となって水を滞留させ、すべり面となる可能性があるからである。従って、単に斜面内部に破砕帯が存在するだけで危険性があるわけではなく、切土斜面上に破砕帯が露われる場合でかつその破砕状況(例えば、湧水を伴うか否か、粘土化しているか否か)、湧水の状況からみて破砕帯がすべりの原因になるという場合に初めて、施工上の対処が必要となる。しかるに、本件開発区域内の各切土法面を観察すると、施工の各段階でどの切土法面にも断層破砕帯は発見されていない。なお、ボーリング検査の結果書面中に「破砕帯と思われる」旨の記載があり、弾性波探査の結果でも低速度帯が二箇所存在するが、これらについては、それほど破砕を受けていないと考えられ、また破砕部分が極めて局部的であり、だからこそ、実際の施工の上で破砕帯が発見されなかったのである。
(三) 本件開発区域内の地質について
(1) 本件開発区域の岩質を知る上で最も客観的な資料である弾性波探査試験によれば、本件開発区域においては軟岩状風化岩は表層から数メートル前後の深さまで存在するに過ぎず、それより下には中硬岩と分類される硬い岩が存在し、地表から一五メートルほどで通常の機械掘削が不可能なほど強固になる。
(2) 本件開発区域は安山岩を主体とし部分的に凝灰岩も存在するが、これが極めて堅硬な岩質であることは、弾性波探査で高速度値が得られたこと及び現場露顕等の観察結果により明らかであり、風化に対する耐久性を有していることも乾湿くりかえし実験により確認されている。従って、本件開発区域内に存する凝灰岩はすべりの原因となるような危険性を有するものではない。さらに、本件造成工事においては、切土法面は主として「風化の著しい軟岩」であっても安全性が確保できる一割二分の緩勾配とし、切土工事後は速やかに法面を厚層吹付により保護し、必要に応じ小段排水施設を設け、切土面が風化しないように配慮している。従って、実際に施工された本件造成工事との関係からしても凝灰岩を原因とするすべりの危険はない。
3 本件各工事でされた設計施工について
(一) 法的規制
砂防指定地内における一定の工事については、都道府県の許可が必要であるが、砂防指定地である本件開発区域の造成を行うに当たっては、奈良県の許可を受けている。大規模審査基準(案)は各都道府県が砂防法上許可をする際参考にする「案」に過ぎず、必ず準拠すべきものではない。
(二) 表土剥ぎ・段切り工事について
控訴人村本建設が同工事をしていることは工事写真(<書証番号略>)から明らかである。
(三) 逆転型盛土でないこと
本件東側盛土については、地山表層部の有機質土等の表土部分は耕作地に適した土質なので、剥ぎ取り後その大部分を本件開発区域に隣接する耕地整理工事箇所に運搬して再利用した。運搬処理できなかった表土も僅かに存在するが、これは切土岩片と自然に混合され盛土材料として利用されているので、逆転型盛土になっていない。
(四) 沈砂池の機能について
沈砂池は、開発行為に伴い開発区域内からの土砂流出量が増加し、下流河川・水路に治水上の悪影響や土砂災害が生じるおそれがあるので、地区外への土砂流出を防止するために設置されるものであって、土石流や斜面崩壊等の災害が発生した場合にその大量の土砂を受け止める施設ではない。
(五) 調整池の不設置について
大規模審査基準(案)に拘束力がないことは前述のとおりであり、右基準に従わないことが本件開発の流末処理の危険性を根拠づけることにならないが、たとえこれによっても、右基準(案)は、開発による流量の増加に対する対策として、河川改修方式による流末処理を認めており、本件開発行為はこの方法を採用したものである。しかも、右基準(案)は大和川流域を対象としているのに反し、本件流末処理の対象となっている原川は大和川流域ではないから、そもそも右基準(案)の適用を受けない。
(六) 東側盛土に生じている亀裂(クラック)について
盛土の沈下がおさまるまでには二年ないし三年かかるといわれている。東側盛土完成後一年以上経過してもなお亀裂が進行している事実をもって直ちにその原因を水みち等の発生等盛土移動変形のためとみることは短絡的であり、またそのように判断できる客観的な根拠はない。
4 切土、盛土部分の動態及び本件造成地の安全性について
本件造成工事完了後の平成元年九月には、日雨量121.3ミリメートル、月雨量401.0ミリメートルの大量の降雨を経験し、さらに、平成二年には台風一九号ないし二一号を経験している。従って、本件造成工事に原判決指摘のような盛土の崩壊や地すべり等が発生する危険があるならば、既に施工された切土、盛土部分に危険な変状が生じるはずである。しかるに、切土部分については造成中及び造成後現在までの間になんの変状も発生しておらず、盛土部分についても、通常みられる圧密沈下が生じているだけで、特別の変化は認められない。本件造成地が地すべりを生じる危険の有無については、現実に地すべりの特徴を示すような動きが生じているか否かを観測するのが最も効果的な調査方法であり、とりわけ盛土内の動き、不動点と盛土を結んだ伸縮計の動きの調査結果に有意な動きは認められず、その他の調査結果(その他の動態観測、地下水位の調査、透水性の調査、盛土材の調査、安定計算等)からも安全性が確認されており、以上の事実は本件造成地の安全性を十分に裏付けている(吉川宗治作成の調査報告書、島道保作成の所見書等・<書証番号略>)。
5 本件建築工事について
(一) 建設予定学舎の計画内容
控訴人谷岡学園は、当初の申請から一〇年以上経過して社会情勢が大きく変化したため計画変更を検討中であり、現在検討している学舎の建設計画の概要は確定的ではないが別紙添付の「全体配置図」記載のとおりである。
(二) 盛土地盤上に建てられた建築物が盛土地盤に与える影響の有無はどのような基礎工法をとるかによって変わってくる。控訴人村本建設が東側盛土部分建設工事において採用する工法は、盛土地盤の下にある堅固な地盤に達する杭を介して建築物の重量を伝える「杭基礎工法」である。右工法によれば建設された建物の重量はあくまで杭を通じて盛土の下にある堅固な地盤(岩盤)にかかり、盛土地盤に力を加えるようなことはないため、杭の上にどのような形状の建物を建築しても、またどの程度の重量の建物を何棟建てようが、盛土地盤に影響を与えない(寺戸芳久作成の報告書・<書証番号略>)。
三 控訴人らの主張に対する被控訴人らの反論
1 本件造成工事の未完了について
控訴人らの主張からしても、当初から予想した圧密沈下が進行中であるというのであるから、盛土ないしコンクリート構造物の変形、亀裂の発生、各小段下における流出盛土等を直す工事を完了しなければ宅地造成工事が完了したとはいえない。また、控訴人らは、今後本件造成地について行う工事があったとしてもそれは本件建築工事に付随するもので造成工事ではない旨主張するが、問題は、本件造成地に開発の手を加えることが危険なのであるから、本件建築工事に付随するものにせよ、本件造成地上の開発的行為をすべて差止めるべきは当然である。
2 本件開発区域の地形・地質の特性について
大和川断層のような大きな断層が孤立して存在することは有り得ず、その周辺は断層の帯と考えられる。大断層は頻繁には動かないとされているが、いつ動くかもしれず、時には他地を震源地とする地震により、蓄えてきたひずみエネルギーが開放されて大断層はもとより、副断層や小断層までが動いたりする。僅かに行われたボーリング調査等の結果においてさえ、いくつも破砕帯又は低速度帯が発見されていることで、副断層の存在が十分立証される。
3 本件各工事においてされた設計施工について
(一) 各種技術基準は、過去の災害経験に照らし、最低限それを守らない場合災害発生の蓋然性が高いことが分かった事柄につき、工事施工者側に最低限同基準を守ることを義務づけたものである。従って、本件造成工事につき、控訴人らにおいて下流側災害防止に必要な最低限の技術基準をいくつも守っていないことが明らかになれば、下流側の災害発生の具体的危険性の立証として十分というべきである。
(二) 盛土斜面地山の表土剥ぎ・段切り工事が施工されていないことについて
完成後見えなくなる工事については、手抜き工事でないことを後日立証する必要から、見えなくなるすべての施工場所についての工事前、工事中、工事後の写真が求められる。しかるに、控訴人らは本件盛土工事についてこれを明らかにする写真を提出しておらず、右工事を施工しなかったと推測される。
(三) 逆転型盛土であることについて
本件造成工事は、切土、盛土工事の過程で切土斜面の十分な伐根、表土剥ぎ等を省略してその表土、粘土、風化岩等を切り出す順序でそのまま谷筋まで機械で押し出し、ミキシングして盛土されたものでまさしく逆転型盛土工事である。そして、この逆転型盛土が原因となって、降雨を経験する都度その軟らかい不整合部分がすべり面と化していくことは決定的である。
4 本件造成工事の安全性に関する吉川報告書(<書証番号略>)の添付資料1「土質柱状図」及び大同ボーリング株式会社作成の調査報告書(<書証番号略>)は重要な部分に改ざんがあるので信用できない。また、控訴人らが主張する建築工事の「杭基礎工法」は設計図、施工図もなく、同工法採用の理由も不明であって、果たして同工法を採用するのかどうか確証はない。
四 附帯控訴の理由
原判決添付の別紙災害防止工事目録記載の災害防止工事は、いずれか一つでも手抜きされると土砂又は学舎が下流側に流され、被控訴人らの子弟が通う幼稚園、小学校又は被控訴人らの住宅地に被害をもたらす危険性がある。本件宅地造成工事はそれらのすべてが手抜きされているので、これに因る災害の発生を未然に防止するためには、控訴人らに対し、大学学舎等の建築工事等を禁止するとともに、本件宅地造成地の原状回復工事、すなわち、盛土材等を取り除き、それらを本件宅地造成地外へ搬出させる以外に方法がない。そこで、附帯控訴人浜口博ら九名は控訴人に対し、本件申請の趣旨1項を、附帯控訴の趣旨のとおり変更する。
五 附帯控訴に対する控訴人らの認否
附帯控訴の主張はすべて争う。
第三 証拠<省略>
理由
第一本件開発許可等と本件各工事について(当事者、本件開発許可等と本件各工事の進行、開発許可等の違法性、開発行為に付せられた条件の違反)は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の理由説示(原判決三八枚目表二行目から同四四枚目表末行目まで)と同一であるから、これを引用する。
一原判決三八枚目裏九行目末尾に「(この事実は当事者間に争いがない。)、」を加え、同一〇行目の冒頭から同一一行目の「居住していること、」までを削除する。
二同三九枚目表六、七行目の括弧書き部分を削除する。
三同三九枚目裏三行目のあとに続いて次のとおり付加する。
「また、<書証番号略>並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人村本建設が奈良県から許可を受けた開発行為及び宅地造成工事の工事概要は本件開発地域である奈良県香芝市関屋北五丁目一五〇二―四番地ほか三四筆合計約一六万五〇〇〇平方メートルの山の中腹に切土、盛土工事(切土、盛土をする土地面積は約八万〇九五一平方メートル、切土の量は約二二万三四一五立法メートル、盛土の量は約二〇万一六七三立法メートル、建築敷地面積は約二万五一五二平方メートル、道路面積は約一万一五五四平方メートル、樹林保全面積は約八万三八二〇平方メートル、その他駐車場、法面等は約四万一九一〇平方メートル、工事完了予定は許可後一五か月)をして、原判決添付の別紙図面記載のとおり、お椀型の地山が間にはさまる形で存在するため中央部分が北側に湾曲し東西に横たわる平地を作り、その西側に駐車場、管理棟及び東側部分に学舎等の建築物を構築する計画であったこと、建築物はすべて地下一階、地上二階建ての低層建築物計一一棟を建築する計画であったことが認められる。」
四同四三枚目裏五行目の「<書証番号略>の記載」を「右宅地造成工事許可通知書(<書証番号略>)に付記された『開発許可条件を厳守すること。』という記載」と改める。
第二本件道路における工事用車輛による被害について(本件道路の状況、工事用車輛の走行と控訴人らの行った拡幅等工事、工事用車輛による被控訴人らの被害の有無)は、原判決の理由説示(原判決四四枚目裏二行目から同四九枚目裏二行目まで)と同一であるから、これを引用する。ただし、原判決四六枚目裏二行目の「穴虫・田尻地区と同様」、同六行目の「、田尻地区」、同一〇行目の「また、」から同四七枚目表一、二行目の「利用している。」まで、同二行目の「及び田尻地区等」をいずれも削除する。
第三本件造成工事の完成について
ところで、控訴人らは、「本件造成工事は既に完了したのでその続行禁止を求める部分は保全の必要性を欠く。」旨主張するので検討する。<書証番号略>及び原審における証人立道賢の証言を総合すると、控訴人らは昭和五三年六月二三日本件開発区域の開発許可申請をし、昭和五七年七月七日に都市計画法二九条に基づく奈良県知事の許可を受けた開発行為(第二二―三七号)に関して、昭和六三年六月二〇日に変更の許可を受けたこと、その後原審継続中の同年八月二九日に開発行為の変更届出をして受理され、そのころ最終的に右開発行為は完了し、同年九月二二日奈良県による完了検査を受け、同年一〇月一四日都市計画法三六条二項に基づき同県知事から検査済証が交付されていること、一方、宅地造成工事(第二三―一四号)について、昭和五七年七月七日に宅地造成等規制法八条一項に基づき同県知事の許可を受け、その後切土勾配や切土・盛土の高さ等につき設計変更したため、昭和六三年六月二〇日に新たに許可を受け直し(第四三―二四号)、更に同年八月二九日に宅地造成工事の変更届出をして受理されたこと、本件開発行為同様同年九月ころ最終的に本件造成工事が完了したので奈良県の検査を受け、宅地造成等規制法一二条二項に基づき昭和六三年一〇月一四日付で同県知事から検査済証が交付されたことが認められる。
被控訴人らは、「付随工事及び補修工事が完了しなければ本件造成工事は未完了である。」旨主張する。控訴人村本建設が今後本件造成地上に学舎等の本件建築工事を施工する際基礎部分を建築するため盛土地盤や切土地盤を掘削することが予想される。しかし、建築物の建築又は特定工作物の建設自体と不可分な一体の工事と認められる基礎打ち、土地の掘削等の行為は、建築物の建築行為又は特定工作物の建設行為とみられるので開発行為に該当しないと考えられ(<書証番号略>)、従って、本件造成地上での右基礎建設工事は建造物の建設工事であって宅地造成工事ではないというべきである。また、弁論の全趣旨によれば、本件造成地の東側谷部の盛土法面のモルタルや法枠、側溝のコンクリート壁にクラックが生じており、控訴人村本建設は一部その補修をしていることが認められるけれども、クラックが発生している面積は広い本件造成地の全体からみれば極く一部で浸透水の量はたいして変わらない上、クラックの原因は盛土の自重による沈下のためであることは後記認定のとおりである。そうすると、右補修行為は日常の維持管理行為であって本件開発区域の土地の形質を変更するものではなく、宅地造成工事に当たらないので、被控訴人らの右主張は採用できない。
以上によれば、本件造成工事は既に完了していることが明白であるから、その続行禁止を求める申請部分は保全の必要性を欠き不適法として却下を免れない。
第四次に、控訴人らは本件造成工事に続いて本件建築工事を予定しているため、本件各工事による災害発生の危険性の有無について、本件開発区域の地形・地質的特性、本件各工事の設計・施工の面から検討を加え、更に本件建築工事の内容、工法及びそれが完了済の本件造成地に如何なる影響を与えるかにつき以下検討する。
一本件開発区域の地形・地質的特性
1 <書証番号略>及び原審における証人西田史朗、同岡本茂、同大西文夫、同立道賢の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の(一)ないし(三)の事実が認められる。
(一) 本件開発区域は奈良盆地の西南部で近鉄大阪線関屋駅の北方約一キロメートルに位置する明神山系(明神山の山容は全般に緩やかで、山体を開析する谷は比較的小規模であり、明神山の標高は274.9メートル)の中腹にあり、造成部分の標高は一三五ないし二〇〇メートル程度である。本件開発区域の北方には、ほぼ北東から南西方向に向けて標高約二〇〇ないし二五〇メートル程度の尾根筋が延びている。更に屋根の北側は大和川に面する三〇度以上の急斜面を形成しているが、本件開発区域を含む北方尾根筋の南側は概ね二〇度前後の斜面となっており、特に本件開発区域の南側は五度前後の緩傾斜面を形成する丘陵地帯となり、住宅として利用されている関根地区が続いている。本件開発区域の西側と東側にはそれぞれ南北に延びる谷が切れ込んでおり、谷底に面する部分では約二五度の斜面を形成する箇所もある。本件開発区域の中央部分にお椀型の地山が挟まるような形で迫っているため、本件開発区域の中央部分は北方にやや湾曲している。ところで、急斜面地の崩壊による災害防止に関する法律は三〇度以上の斜面を急傾斜地として開発行為に対する制限を設けているが、本件開発区域の傾斜は右記程度にとどまるから、傾斜の点からは特に開発行為を阻む要因はない。そして、本件開発区域内には地すべりに特徴的な等高線の並び方はなく、地すべりの特徴を有する地すべり地形や土石流跡地もなく、急傾斜地崩壊防止区域、地すべり防止区域のいずれにも指定されていない。なお、近畿圏の代表的な活断層である有馬・高槻構造線や生駒断層の付近は市街化が進行し住宅地が多数建築されており、本件開発区域の北側の明神山北斜面の上部及び下部でも鉄道、道路、高圧線が建設され、鉄工金属団地や藤井寺地区等の市街地が形成されている。
(二) 本件開発区域を含めた付近一帯の地質は領家帯に属し、領家花崗岩類が基盤岩を形成して分布しているが、本件開発区域付近ではその上層に安山岩溶岩、凝灰岩、泥岩、砂岩、礫岩層からなる二上層群が存在する。本件開発区域は二上層群のうち明神山の南西側斜面に当たり「明神山火山岩(サヌキトイド)」と称される安山岩を主体とし部分的に凝灰岩も挟在する地層が形成され、安山岩自体にも局部的に凝灰岩が挟在するものの、全体としては岩体も岩片も硬く、風化帯の進度も浅い状態にある。本件開発区域は第一ないし第四層に分けられ、第一層は土砂部帯で表層から1.5ないし二メートル程度、厚くても三ないし五メートルまで、第二層は軟岩帯で第一層から二ないし三メートル、厚い所で四ないし五メートル程度、第三層は中硬岩帯で第二層から五ないし一三メートル程度、第四層は硬岩帯で第三層から五ないし一〇メートル程度からなる。表層部は地表からほぼ0.3ないし0.5メートルの厚さで有機質を含む表土が全体に分布し、その下の岩盤のうち1.5メートルまではある程度風化が進んでいるが、深度が進むにつれ新鮮かつ強固となり、約一五メートルないし二〇メートルで機械掘削が不可能になる。なお、本件開発区域内の岩石の風化に対する耐久性については、控訴人らによる岩の乾湿繰り返し試験の結果により耐久性に富むことが確認されている上、本件造成工事においては、切土法面は主として風化の著しい軟岩であっても安全性が確保できる一割二分の緩勾配とし、切土工事後は速やかに法面を厚層吹きつけにより保護し、小段排水施設を設けて切土面が風化しないようにされている(本件開発区域が明神山火山岩層の上に存在する地域であり安山岩を主体とする地質を有していることは当事者間に争いがない。)。
もっとも<書証番号略>(切土、盛土の横断面)及び原審における証人大西文夫の証言によれば、本件各工事を担当する控訴人村本建設自ら地盤を「軟岩」として宅地造成計画を立てていることが認められるけれども、原審における証人岡本茂の証言(三八八九丁)及び同大西文夫(三九四三丁等)の各証言によれば、同図面は地質の硬さを深さ別に表したものではなく、造成される表層部付近は風化を受けて軟岩となっているのでその旨記載されているに過ぎないことが認められる。また、控訴人らにおいて、前記認定のとおり本件開発区域内の岩盤は硬岩である安山岩が広く分布していて凝灰岩は局部的に分布するに過ぎず、全体として岩体も岩片も硬く風化の進度も浅い状態にあると主張し、その根拠として引用する<書証番号略>(奈良県土地分類基本調査図・表層地質図)、<書証番号略>(近畿圏内における地質系統分布図)、<書証番号略>(奈良、大阪東北部、同東南部表層地質図)は確かにいずれも広域的な観点から見た資料ではあるが、右各地質図に記載された内容は、本件開発区域内の岩の硬さ、風化の状態を知る客観的な資料であり、当該地区内の詳細な地質資料である弾性波深査試験(<書証番号略>、合計七測線、延べ一三八〇メートルに及んで行われた。)の結果及び大同ボーリング株式会社が行った本件建設予定地の地質調査(<書証番号略>)の各結果とほぼ一致するので、前記認定を裏付けている。
被控訴人らは、「本件開発区域に凝灰岩が多く挟在し安山岩は風化が進んでいる。」旨主張し<書証番号略>を提出するが、前記資料によると、凝灰岩は部分的に挟在するに過ぎず、弾性波探査等からみて深度が深くなるにつれ岩芯が比較的硬質の凝灰岩も含まれているし、土地造成に際し問題となるような湧水も、一定の広がりと厚みをもった粘土層も発見されておらず、安山岩の風化の程度も表層部から約五メートル程度まででそれより深い部分は岩盤体を形成していることが認められる(なお、当審における証人島道保の証言・平成五年六月一八日施行の同証人調書二八丁以下)。従って、右主張は採用できない。
次に、被控訴人らは、「本件開発区域付近に土石流の堆積物や地すべり等の跡がある。」旨主張し、原審における証人西田史朗は<書証番号略>(いずれも樹木の根が湾曲した状態の写真)を根拠に「本件開発区域の東側部分に地すべり部分が二箇所ある。」旨右主張に沿う証言をする。しかし、<書証番号略>及び原審における証人岡本茂の証言によれば、古い時代において本件開発区域の西側谷筋奥で二、三箇所斜面が崩壊した跡が存在するものの、いずれも表層部分の小規模な崩壊程度であって、それ以外に地すべり的な特徴を示す崩壊跡や土石流は存在しないこと、西田証人が指摘する箇所は樹木の植生場所の傾斜が緩やかな所にあって湾曲した樹木と直立した樹木が混在し、湾曲した樹木には比較的若くて細い木が多くあまり手入れされていないので、いわゆる圃行現象(重力の作用によって、表土の土粒子が殆ど認知できるかできないようなゆっくりした動きで少しづつ移動する現象で、傾斜地では普通に見られ、地すべりとは区別される。)による可能性が高いことが認められる。従って前記主張は採用できない。
(三) 本件開発区域の北側尾根を隔てて北方一キロメートル以内には、大和川左岸沿いに活断層(一つの面を境にして二つの岩体が相対的にずれている場合で、かつ過去二〇〇万年以内に活動したことが確実でしかも将来再び活動することが予測される断層)である大和川活断層が存在している。一般に大規模な活断層の近辺には平行又は垂直方向に多数の小さな副断層等が存在することがある。しかし、本件開発区域は大和川活断層の上にあるわけではないし、そもそも活断層は第四紀(過去二〇〇万年前以降)に動いた断層であってそれに伴う地震活動の可能性は極めて低く、数千年ないし数万年に一度くらいの確率でしか考えられない(<書証番号略>)。また、控訴人らが本件開発区域内で行った弾性波探査において低速度帯が発見され(<書証番号略>)、ボーリング検査の結果報告書の中に「破砕帯と思われる。」等の記載がある上、本件開発区域の東南方約数百メートルの西名阪自動車道路沿いの地点に一本の小断層があり、更にその南方数キロメートルの屯鶴嶺東方の地点にも一本の小断層がいずれも大和川活断層とほぼ平行に走っており、その近辺にはそれとほぼ直角に褶曲軸を持つ小褶曲が存在している(<書証番号略>及び原審における被控訴人浜口博本人尋問の結果)。被控訴人らはこれらを理由に断層破砕帯であると主張する。しかし、前記資料によると、その低速度帯の弾性波速度は毎秒2.0キロメートルと中硬岩程度の速度を示している上、その延長線上付近に低速度帯は存在しないし、断層破砕帯が存在すれば見られる筈の等高線の乱れもなく、「破砕帯と思われる。」との記載も地表下約一〇メートルの箇所でその周辺の弾性波探査では低速度帯は発見されていないので、右低速度帯や「破砕帯と思われる。」旨記された箇所は冷却節理の存在による局部的な亀裂の密集帯と考えられ、本件各工事の障害にはならない。事実、控訴人村本建設が施工した本件造成工事の各段階でどの切土法面にも断層破砕帯が発見されていない(本件開発区域に近接して活断層である大和川が存在すること、控訴人らが本件開発域内で行った弾性波探査において低速度帯が発見されたこと及びボーリング検査書面中に「破砕帯と思われる。」旨の記載のあることは当事者間に争いがない。)。
もっとも、前掲<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、原審第一四回口頭弁論期日(昭和六二年一一月一一日)に提出された<書証番号略>(ボーリング結果報告書)の地質層序概念図と昭和六三年五月工事変更申請の添付資料として奈良県へ提出された同報告書の同図との間に一部内容の食い違いがあるが、両報告書はいずれも昭和六一年一一月に大同ボーリング株式会社(現株式会社大同地質エンジニアリング)が控訴人村本建設の依頼により実施した地質調査の結果に基づいてまとめたもので、そのうち奈良県に提出されたものは昭和六二年四月控訴人村本建設へ提出された報告書案の写しであって、この段階では弾性波探査の結果の解釈について工事の進捗を待ち、現地の露頭状況を確認の上最終結論をまとめて正報告書を提出する予定のもとに、同年四月が納期のため一応報告書案の形で控訴人村本建設に提出したこと、その後原審に提出された<書証番号略>は造成工事の進捗状況及び現地で確認された切土面の露頭状況を勘案して最終的な正報告書として作製提出されたものであること、正報告書において「F―1、F―2推定断層」を削除したのは、弾性波探査結果の低速度帯について当初は推定断層と考えていたが造成工事の進捗に伴って切土面で確認された露頭状況よりみて、連続性のある断層でなく亀裂密集帯と判断する方が妥当であるとの見解に達したためであること、また、「表層崩壊地」という表現を削除したのは、山腹斜面のところどころに存在する小規模の表層崩壊が地滑り危険地と混同されるのを懸念したためであることが認められる。
右によれば、本件開発区域内に断層破砕帯や副断層は存在する可能性は少ないと認められる。
2 本件開発区域は、地すべり地帯である亀の瀬地域に近接していることは当事者間に争いがない。しかしながら、大和川活断層を挟んで明神山の北方約一キロメートル以上の所に位置する亀の瀬地域は膨張性粘土鉱物が多く含まれたドロコロ火山岩が重なった地層で非常に風化が激しく、しかも谷筋にあるため地すべりし易い状況を呈していること、本件開発区域の地層はこれと異なり安山岩を主体とし凝灰岩が挟在する硬い岩質を形成していることは後記認定のとおりである。
3 <書証番号略>、前掲西田及び岡本の各証言によれば、本件開発区域内の西側部分(<書証番号略>の添付写真⑩)に流れ盤(地層面の節理が地形の傾きに平行している状態)が一箇所存在するが、約八万〇九五一平方メートルに達する切土、盛土面積全体からみると極く一部に過ぎない上、同法面の中でも局部的な範囲にとどまること、斜面の安定性を検討する上で節理の割れ目が開口性であるか否かが重要であるところ、本件開発区域内の節理は密着していること、流れ盤を形成する節理、地形面のいずれも傾斜角度が四〇度で南に傾斜しているため岩片が浮き上がって落下する危険性は少ないことが認められる。原判決は、東側上部切土部分(<書証番号略>の位置図②)及び東側谷筋に相当大規模な流れ盤が存在する旨判示するところ(原判決五四枚目表)、<書証番号略>(特にその添付写真②、⑤、⑩)及び原審における証人岡本茂の証言(三七七七丁裏以下)によれば、右②の箇所は流れ盤ではなくいわゆる受け盤タイプ(地層面の節理が地形の傾きに対して逆方向に差し入る状態)であると認められ、流れ盤であるとしても切土盛土工事全体からみれば一部であり、また、東側谷筋に流れ盤が存在したとしても、右部分を盛土によって厚く押さえ込む状態になっているので崩壊の危険性は少ないと認められる。
4 以上のとおり、本件開発区域内の地形、地質的特性は、本件開発区域の北側に北東、南西方向に走る尾根の北側と南側とでは地形的特徴が異なり、北側は一連の直線状の急斜面が北東、南西方向に連なるのに対し、南側は緩やかな一団の丘陵地で普通のなだらかな地形であること、本件開発区域を形成する地層の大部分が硬い安山岩で形成され部分的に凝灰岩が挟在し、安山岩自体にも局部的に凝灰岩が挟在するものの、全体としては岩体、岩片も硬く、地表から数メートル程度までは風化しているがそれより深くなるにつれ中硬岩帯又は硬岩帯と分類される硬い岩盤が存在し地表から約一五ないし二〇メートル程で通常の機械堀削が不可能になる位で風化帯の浅い地層であること、過去における地すべりの跡、流れ盤は西側部分に局部的に存在するに過ぎず、断層破砕帯、副断層が存在する可能性は少なく近接する大和川活断層の影響を受ける可能性は極く少ないこと、近接する地すべり地区である亀の瀬地区とは地形、地質が全く異なり、地すべりの特徴を有する地すべり地形や土石流跡地もなく、急傾地斜崩壊防止区域、地すべり防止区域のいずれにも指定されていない普通の丘陵地であると認められる。
二本件造成工事における設計、施工上の問題点について
1 本件各工事における法的規制
被控訴人らは、「本件開発区域は宅地造成工事規制区域内及び砂防指定地域内にあるので本件造成工事は都市計画法、宅地造成等規制法及び砂防法の規定に基づく各技術基準に則って設計、施工しなければならないにもかかわらず、控訴人村本建設は各技術基準を無視し、盛土がけ法面を擁壁で覆わず、事前の安定計算、暗渠工、表土剥ぎ、段切り工事、調整池、沈砂池を設置又は施工していない。」旨主張する。
本件開発区域が宅地造成工事規制区域内及び砂防指定地域内にあり右各法規の適用を受けること、砂防指定地内における宅地造成等の工事に関する奈良県の審査基準の運用実態等については次のとおり訂正、付加するほか原判決の理由説示(原判決五八枚目表四行目から同五九枚目裏二行目まで)と同一であるからこれを引用する。同五八枚目表末行目の「準拠すべきこととなるから、」を「適合すべきこととなるから、」と改め、同五九枚目表三行目のあとに次のとおり付加する。
「しかしながら、前掲証拠及び<書証番号略>によれば、本件開発行為及び宅地造成工事の各許可申請は昭和五七年七月の当初の設計、昭和六三年六月の変更後の設計のいずれについても奈良県当局によるしかるべき審査を経た上その要件を充足したものとして申請が許可されており、本件造成工事完了後の検査についても、奈良県は昭和六三年九月二二日検査の結果、都市計画法第二九条による開発許可の内容に適合していることを確認し控訴人村本建設に対し検査済証を交付していることが認められる上、盛土法面を擁壁で覆わないこと及び調整池の不設置等は別として事前の安定計算、暗渠工、表土剥ぎや段切り工事を施工していることは以下順次検討するところから明らかである。」
2 事前調査について
被控訴人らは、「本件開発区域の地盤は表層部の風化が進み軟質化しているから本件各工事の設計、施工に際し災害防止のため十分な地形・地質調査が必要であるのに、控訴人らは事前に必要な地表踏査や気象統計調査等も行っておらず地質図も作成しないまま本件開発区域内の地質を均質と想定して設計、施工している。」旨主張する。
<書証番号略>、原審における証人大西文夫及び同岡本茂の各証言によれば、控訴人らは本件各工事に着工する前の段階で、土地条件等の事前調査、現地調査(現況地形調査、地質踏査、樹木調査、現地測量)を経て造成計画平面図・断面図、がけの標準断面図、排水計画平面図、防災計画平面図等の設計図面を作成していること、控訴人村本建設が大同ボーリング株式会社に依頼して昭和四七年二月と昭和五〇年八月ころの二回にわたり本件開発区域のボーリング検査を行ったこと、昭和四七年のときはボーリングを六本、昭和五〇年のときは五本実施したほか、同会社は更に控訴人らの依頼により昭和六一年一二月ころから昭和六二年四月にかけて前同様のボーリング検査を六か所延べ一七二メートルにわたって行うとともに、弾性波探査を七測線延べ一三八メートルにわたって行い、また、昭和六二年ころ控訴人村本建設の依頼により株式会社ランドシステム研究所は本件開発区域の地形・地質の解析調査をしており、昭和六二年七月にも本件開発区域内から採取された安山岩、凝灰岩の乾湿繰り返し試験(もっとも試料の採取場所は一か所)がされていることが認められる。以上の事実によれば、控訴人らは一応本件開発区域の地形、地質に関する客観的な資料採取をしているものといえる。しかしながら、<書証番号略>(いずれも災害調査研究所作成の意見書)並びに弁論の全趣旨によれば、事前の調査として特に地表踏査を緻密に行いボーリング検査等各種の検査を実施した上、その調査結果を基に地層面の走向・傾斜等を記入した地質図や地質想定断面図を作成するのが普通であるとされているが、原審の段階では南西端部の地質断面図(<書証番号略>)以外には作成されていないこと、活断層の近くに存在し、表層部から約五メートルの深さまでは岩石が風化している本件開発区域の造成工事であるのに、気象・降雨量調査、地下水位の実態調査、災害歴の調査等の詳細な調査はされていないことが認められ、更に何よりも、完了した宅地造成地の安全性、その上に建設予定の学舎等の具体的な建設計画、採用する建設工法及び建造物が本件造成地に与える影響についての資料と目される<書証番号略>(吉川宗治作成の平成三年八月一日付大商大関屋学舎建設予定地の安全性に関する調査報告書)、<書証番号略>(島道保作成の同月二八日付「右同調査報告書」に対する所見、<書証番号略>(吉川宗治作成の同年九月二〇日付同趣旨の所見)、<書証番号略>(寺戸芳久作成の同年一一月付「同建設予定地東側盛土部分において建造物が盛土地盤に与える影響」と題する報告書)、<書証番号略>(学舎等の計画図面、枝番を含む)等の資料が当審に至って提出されている経緯に照らすと、本件各工事を設計、施工するに当たって控訴人らがした事前調査は必ずしも十分でなかったといわなければならない(もっとも、事前調査の程度を検討することもさることながら、本件造成工事は既に完了しているから、本件開発区域がどのような土地条件を有しており、それが実際にされた造成工事にどのような影響を与えるかについては現に造成された切土部分、盛土部分に具体的な危険が生じているかという動態観測によって判断するのがより重要であると考えられるので、後に改めて検討することとする。)。
3 表土剥ぎ・段切り工事について
被控訴人らは、「本件開発区域のような傾斜地で盛土を行う場合は表土を除去し地山を段切りすることが不可欠であるのに、控訴人らはいずれも殆ど行っていない。盛土・切土工事の工事前、工事中及び工事後の写真を提出しないのは表土剥ぎ等を施工しなかった証左である。」旨主張する。宅地造成等規制法施行令四条四項は、傾斜地において盛土を行う場合に盛土と地山との境界部でのすべりを防止し、かつ盛土と地山との接合を強めるため、「著しく傾斜している土地において盛土をする場合には、盛土をする前の地盤と盛土とが接する面がすべり面とならないように段切りその他の措置を講じなければならない。」と規定しており、奈良県の開発行為許可通知書(<書証番号略>)でも「施工前・中・後の写真を完備し、完了検査時までに提出すること。」とする条件が付加されている。
そこで、検討するに、<書証番号略>(立道賢作成の切盛土工事模式図)、<書証番号略>(吉川宗治ら作成の大阪商業大学関屋学舎建設工事の安全性に関する意見書)、<書証番号略>(伐根状況、表土剥ぎ状況、段切り作業状況、盛土作業状況を撮影した写真)、<書証番号略>(表土剥ぎ状況、表土剥ぎ完了状況、段切り作業状況、段切り完了状況、盛土作業状況を撮影した写真)、<書証番号略>(本件造成工事の西側及び東側部分の表土剥ぎ、段切り工事を時間的経過に従って撮影した写真)、原審における証人立道賢の証言及び弁論の全趣旨によれば、控訴人村本建設は本件造成工事に当たり最初に切土部分の表土剥ぎ(敷地内の伐採後切り株や表土を剥ぎ取って区域外に除去する)をした後小型機械で切土法面を切り始め、大型機械の作業場所が確保できるようになるまで施工し、次の段階として盛土部分の表土を剥ぎ取って区域外に除去した後、地山と盛土材がなじむよう地山斜面の段切りをし、その上に土を盛って敷き均し転圧し、このような作業を順次繰り返して切土盛土工事を完了したことが認められる。右認定に反する<書証番号略>は工事途中の経過を撮影した写真であって右認定、特に<書証番号略>によって裏付される証人立道賢の証言を左右するに至らず、他に右認定を覆す証拠はない。右事実によれば、控訴人村本建設は本件開発区域の造成工事を施工する際区域全体にわたる表土剥ぎ、段切りを実施しているというべきである。
4 逆転型盛土及び盛土の転圧不足について
被控訴人らは、「切土の表土剥ぎをせずそのまま盛土材に使用されたため逆転型盛土(盛土の下部に切土地山表層の有機質土や粘土質の土が位置された状態)が形成され、これによって盛土の透水性を悪くし不同沈下の原因になり、かつ盛土の転圧不足のため盛土変形の原因になっている。」旨主張する。
前項3掲記の証拠と<書証番号略>及び当審における証人島道保の証言によれば、控訴人村本建設は切土する地山表層部の有機質土の表土を剥ぎ取った上その大部分を本件開発区域に隣接した耕地整理工事箇所に運搬して耕地整理事業に再利用しているが、運搬処理できなかった表土は表土全体からみれば僅かであること、本件切土・盛土工事では切り出した土を機械足場にするため一旦横に撒いて機械作業場所を広げた後徐々に盛土施工部分に運搬し撒き均す方法が採られたため、剥ぎ取って残った表土は切土岩片と混合して盛土材料に利用されていること、本件東側の盛土における透水性は良好であり、降雨があったときでも水位は一週間程度で元に戻り盛土内にまで達しない場合が殆どであること、盛土と地山との境界部分の変動はみられないことが認められる。右認定事実によれば、造成工事が完了した本件開発区域内には逆転型盛土は存在しないと認められる。
また、盛土の安定のためには盛土をした後の地盤に雨水その他の地表水の浸透による緩み、沈下又は崩壊を防止するための締め固めの措置を講じなければならないところ(宅地造成等規制法施行令四条三項)、<書証番号略>及び前掲証人立道賢の証言によれば、本件造成工事における盛土の転圧締め固めは三〇センチメートルの厚み毎に規格一二トン級の振動ローラーを用いその振動によって岩塊間の空隙を最小限にするとともに、その重量によって転圧を加えていることが認められる。しかし、<書証番号略>によれば、盛土の締め固め作業に当たっては現場転圧試験を行った上その結果から機械の選定や締め固めの方法、回数等の管理基準を作って施工するのが妥当であると考えられるが、控訴人村本建設において右現場転圧試験を実施したことを認めるに足る疎明資料はない上、東側の盛土部分で斜面の小段のモルタルや法枠及び側溝のコンクリート壁等に多くの割れ目(側溝では最大約一五ミリメートル程度)、法枠付近に数センチメートル程度のずり落ちがあり、これらは斜面部にあって締め固めをしにくい所なので転圧不足の影響によるものと認められるけれども、コンクリートは元来ヒビが入り易いし転圧不足の箇所は造成区域全体からすれば面積的に極く一部で浸透水の量は大して変わらないので地すべりの原因にならないと考えられることは後記のとおりである。
5 盛土擁壁の欠如と安定計算について
被控訴人らは、「本件造成工事における東側盛土の勾配は三四度の急勾配で宅地造成等規制法施行令で規制される『がけ面』なのに擁壁で覆われていないし安定計算もされていない。」旨主張する。宅地造成等規制法施行令五条一、二項、一条は、盛土のうち勾配三〇度を超える「がけ面」については、土質試験等に基づき地盤の安定計算をした結果がけの安全を保つために擁壁の設置が必要でないと確かめられた場合を除き擁壁で覆わなければならないと定めている。しかして、本件造成工事における東側盛土の高さが当初の設計では二五メートルであったのが、その後の設計変更により九メートル嵩上げされて三四メートルになったこと、その法面の勾配が約三四度であること及び右法面が擁壁で覆われていないことは当事者間に争いがなく、原審における証人大西文夫及び同立道賢の各証言によれば、控訴人村本建設は本件造成工事の設計に当たり右がけ面の安定計算をしていないが、奈良県においては宅地造成等規制法に関する指導要領に基づく内規によって、盛土法面に法枠を設置すれば擁壁を設けなくても法面勾配一割三分(約三八度)以内までは安定計算を行う必要がないとされており、同控訴人はこれに従い内規を上回る一割五分の勾配を設定して施工し盛土法面に法枠を設置したこと、また、本件造成工事に対して奈良県当局は宅地造成等規制法及び都市計画法上の許可をしていることが認められる。更に、<書証番号略>、前掲各証言によれば、被控訴人村本建設は本件造成工事の前後に盛土の安定計算を行い、その結果安全率が最小でも1.87となり宅地造成等規制法で要求される安全率1.5を上回っていること、右の安定計算では、特に東側盛土の地下水位は岩盤線付近に分布すると仮定して計算されているが、施工段階で湧水が発見されておらずまた学舎が建築されれば盛土上に降った雨水は建物や道路等の建設範囲外の部分からしか盛土内に浸透しないので地下水位の設定が低いとはいえないこと、東側盛土の鉄筋コンクリート造建物の上載負荷重も一平方メートル当たり七トンの数値を用いていることが認められる。以上の事実によれば、控訴人村本建設が本件造成工事に当たって盛土法面を擁壁で覆う代わりに法枠を設置したことをもって、必ずしも宅地造成等規制法の規定に基づく技術基準から外れているとはいえない。被控訴人らは、「東側盛土の高さが三四メートルと非常に高く危険である。」旨主張するけれども、前掲証拠及び<書証番号略>によれば、本件開発区域の地形は左右の山が迫っている場所に盛土されている上、もともと地山自体が盛土を受けるようなお椀型をしており、一割五分の勾配の盛土部分は上部の約二〇メートル程度でその下部は約三割程度の緩い勾配で盛土され、盛土底部にはすべり防止のためのコンクリート堰堤や栗石堰堤が埋設されていることが認められる。また、被控訴人らは、「本件盛土の高さは原則として高さ一五メートルまでとする砂防指定地審査基準に適合していない。」旨主張するが、同基準はあくまで原則にとどまり例外を許さないものではない上、控訴人村本建設は奈良県の内規に従い盛土法面を擁壁で保護する代わりに法枠を設置し安定計算も一応しているのであるから同基準から外れたものとはいえず、右主張は採用できない。
6 盛土内の水平排水層の設置について
砂防指定地及び地すべり防止区域内における宅地造成等の大規模開発審査基準(案)(<書証番号略>)によれば、盛土直高五メートル毎に幅一メートル以上の小段を設置すること、小段のある盛土には土質に応じ小段毎に暗渠工を設け速やかに盛土内の浸透水を排除するものと定められている。被控訴人らは、「本件盛土については同基準に基づき各小段毎に設ける暗渠工に水平層を設置すべきであるのに、これが欠如している。」旨主張する。<書証番号略>及び原審における証人大西文夫、同立道賢の各証言によれば、本来盛土内部に水平排水層を設置するのは、浸透水によって盛土内もしくは盛土と地山との境界面のすべりを防止するためできる限り速やかに浸透水を外部に排出する必要があるためであること、本件東側盛土については直高五メートル毎に小段が計四箇所設置され、盛土部の最下部谷底に内径五〇〇ミリメートルの地下排水管及びこれに接続する礫暗渠が埋設されていること、東側盛土における浸透水の流化能力を高めるため四段ある小段の中央付近に内径八〇ミリメートルの主管とこれに接続する内径五〇ミリメートル、長さ約二五〇ないし三〇〇メートルの水平排水管を放射状にして一層埋設し、盛土内を縦に通した集水筒に接続させ、同集水筒に浸透水が流入するようにしていること、本件開発区域においては岩砕が盛土材として利用されているので浸透性が良く、更に将来学舎が建設されかつ盛土が舗装されれば建物の上に降る雨水は当然排水管等を通じて地表の排水溝に流され、盛土盤上からの浸透水がかなり減少すると予想されることが認められる。なお、動態観測の結果東側盛土の透水性が良好であることは後記のとおりである。
以上の事実によれば、控訴人村本建設は本件造成工事に当たり小段毎の暗渠工を設置してはいないものの、学舎建設予定の東盛土の排水性に問題はないというべきである。
7 沈砂池の容量について
被控訴人らは、「控訴人らが設置した二箇所の沈砂池の容量は砂防指定地審査基準より不足し、そのため洪水等の被害をもたらす危険がある。」旨主張する。
<書証番号略>及び原審における証人大西文夫の証言(三九八一丁以下)によれば、砂防指定地審査基準は、開発行為にともない開発区域からの土砂流出量が増加し、下流河川、水路に排水能力の減少等治水上の悪影響を与えたり土砂災害が生じる恐れがあるため、砂防指定地内の造成工事につき約一〇年分の貯砂容量を有する沈砂池を設置して工事中及び工事完成後における開発区域外への土砂流出を防止するものとされているが、控訴人村本建設は地形上の制約のため年三回程度の保持で対応し得る計画で本件開発区域の西側及び東側に一か所づつ沈砂池を設置したが、完成後控訴人谷岡学園又は大阪商業大学において定期的に浚渫等の保守、管理を行うことが予定されており、奈良県もこの処理を是認して本件造成工事の設計、施工を許可し工事完成の検査済証を交付したこと、右沈砂池の完成から一年経過した時点で、降雨開始から終了まで二〇時間で121.3ミリメートル、一時間に最大で41.0ミリメートルという大量の降雨を経験しているけれども、東西の沈砂池の堆砂量は約一〇センチメートル程度であって維持管理の必要がなくなったことが認められる。以上の事実によれば、本件沈砂池の容量は一〇年もの堆積年数はないにしても、一年後の現況に照らしかつ定期的な浚渫等の管理により容量の不足を来たす可能性は少ないということができる。
8 調整池(遊水池)について
被控訴人らは、「砂防指定地審査基準及び大和川流域調整池技術基準に基づき設置すべき調整池(遊水池)が設置されていない。」旨主張する。本件造成工事において調整池が設計、施工されていないことは当事者間に争いがなく、<書証番号略>及び原審における証人立道賢の証言並びに弁論の全趣旨によれば、砂防指定地審査基準は、開発区域の排水流量の増加を一時的に貯留し下流河川の能力に見合った流量を排水することにより下流域を洪水等の災害から防止する目的のため、その対策として調整池を設置するものと定める一方、「下流河川において無視し得る程小さくなるまでの区間にわたり流路工による河床の堀削、河積の拡大等の砂防工事又は遊水池による処理を行わなければならない。」として河川改修方式による流末処理を認めていること、控訴人村本建設は奈良県の行政指導により調整池を設置する代わりに本件開発区域南端水路から下流の河川である原川流域(厳密にいえば大和川流域ではない)を改修して、関屋小学校、西名阪高速道路、近鉄橋、関屋駅前橋付近を通過する流量の試算をしていることが認められ、従って、原川流域が溢れる蓋然性はまずないものと認められる。
9 盛土上部の水溜まりの発生と盛土の変形について
被控訴人らは、「東側盛土上部の排水が悪いため平成元年九月の降雨により大きな水溜まりがいくつも発生した。また、同部分のコンクリート法枠に多数の亀裂やズレが生じており盛土崩壊の危険性が高い。」旨主張する。本件開発区域の東側盛土上部に降雨後水溜まりが生じたこと及び東西の盛土の法枠等に局部的に亀裂が生じていることは当事者間に争いがなく、<書証番号略>及び原審における被控訴人浜口博本人の尋問の結果によれば、平成元年九月二日から七日までの六日間で合計約二四五ミリメートルの降雨があったため本件開発区域の東側盛土上部に大きな水溜まりが発生し、降雨後数日間も消失しなかったこと、同年一〇月ないし一一月ころまでに本件開発区域東側盛土のコンクリート法枠に多数の亀裂、ズレ、破損、隙間等が生じ、同盛土法面左端部のコンクリート側溝や同盛土東部分のコンクリート水路にも亀裂やズレ、空洞等が多数生じており、更に西側の浄化槽付近の盛土法面のコンクリート構造部に亀裂が生じていることが認められる。しかしながら、以上のような水溜まり、亀裂等が発生しているにもかかわらず、地下の水位に対する影響は殆んどなく東西の盛土の排水は良好であることは後記認定のとおりである。
10 以上のとおり、控訴人村本建設が施工した本件造成工事は事前調査が必ずしも十分でない上、盛土法面を擁壁で覆っていないこと、調整池を設置していないこと及び沈砂池の容量が砂防指定地審査基準のとおりでないことが指摘されるものの、別途それに代わる措置が奈良県当局の行政指導又は内規に従って講じられており、表土剥ぎ・段切り工事が施工されているので逆転型盛土になっておらず、盛土上部の水溜まり、クラックの発生が見られるけれども地下水位に対する影響はなく盛土の排水は良好であるので、一項でみた本件開発区域の地形・地質的特性を考え合わせると、本件造成工事による盛土の崩壊の危険性はまずないというべきである。
三東西の盛土に対する動態観測の結果について
前記のとおり、本件造成工事は昭和六三年八月末ころ完了し奈良県当局の工事検査を経て検査済証が交付されている。従って、本件東西の切土・盛土部分に地すべりを生じるような危険性があるか否かについては、前項における検討もさることながら、現地において地すべりの特徴を示すような動きの有無を現実に観測するのが最も直接的かつ効果的な調査方法であると考えられる。
1 <書証番号略>(平成三年八月付吉川宗治作成の大阪商業大学関屋学舎建設予定地の安全性に関する調査報告書)、<書証番号略>(動態観測結果の追加資料を記載した調査報告書)及び<書証番号略>(盛土地盤の水準測量結果図)によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 平成二年一一月一四日奈良県から控訴人谷岡学園に対して「大阪商業大学関屋学舎建設予定地の安全性に関し、所要の調査を実施する等により必要な資料を報告するよう」との行政指導がされた。同学園はこれを受けて吉川宗治に調査を依頼し、同人は同大学関屋学舎建設予定地内において以下の諸調査(平成三年一一月一四日迄の観測による。)を実施し、各調査の解析を行った。
(二) まず、本件造成敷地内において、主として造成工事の規模が大きい東側の谷部につき調査した。盛土の安定性を検討するためには、① 盛土に使用された材料土の性質、② 盛土の規模とその形態(厚さや広がり具合等)、③ 盛土底面と旧地山の谷方向の境界線の形状、④ 盛土基礎地盤(盛土の下に分布する地質)の性質とその分布状況(盛土の下に弱い地層が連続して存在するかどうか、岩盤の風化度、硬さ)、⑤ 地下水位の分布状況(地下水位がどの深さに存在するか)と降雨量との相関性(降雨量の変化にともなって地下水位は変動するか、及びその変動量)、⑥ 盛土材(盛土に使用された土)の透水性(透水性が大きい程水は流れ易く、小さい程流れにくい)等盛土に関する基本的資料を把握すると同時に、実際に数種類の計器を用いて動態観測を実施した。以上の調査の中でも、盛土の安定性を判断する上で最も重要な役割を果たすのは⑤の地下水位の分布状況であって、特に地下水がどのような動きをしているかを降雨量との関係で確認することにより盛土そのものの現状を確認するのが重要である。
(三) 具体的に行った調査内容は、①ないし④の目的のためボーリング調査三箇所、①及び④のため標準貫入試験、⑥のため現場透水性試験、①、②及び⑥のため盛土材の室内土質試験、④のため室内岩盤試験及び基礎地盤の室内土質試験、⑤のため地下水位観測及び雨量観測のほか、盛土及び切土の動態観測のため、地表面での観測(伸縮計により切土岩盤斜面二測線、切土と盛土の境界一測線、地山と盛土の境界二測線及び盛土斜面一測線における各水平方向の動きを見る。)、地表面の傾き及び地表面の上下動、孔中傾斜計観測による地中部の観測である。
(四) その結果、東の谷の盛土では斜面の小段のモルタルや法枠及び側溝コンクリートの壁等に割れ目が多く見られたが、割れ目の方向や変位の方向(どちら側が落ちているか等)を観察すると全体にまちまちで系統だったものはなかった。また、盛土の平坦部から切土岩盤斜面の区域では地すべり地特有の「滑落崖」と称するがけ(段差)やそれにともなう引っ張り亀裂の類は発見されず、盛土斜面の下部やその下流側でも地すべり地特有の盛り上がりや圧縮亀裂等の顕著な現象はなかった。ボーリング検査は、東側谷部の中心で盛土がもっとも厚いと予想される箇所に三本行ったが、盛土の下部に柔らかい表土や軟弱な堆積物は認められず、盛土の下部は直接岩盤が分布し、かつ岩盤中には粘土化をともなう破砕帯は認められなかった。三箇所における同検査の結果をまとめると盛土は概ね直接岩盤の上に乗っていると認められた。次にボーリング調査で採取された試料を用いて行った土質試験の結果は、盛土の大半が礫及び礫質土に分類され、盛土材としてはかなり安定した材料に分類される。現場一三箇所の透水性試験の結果は概ね透水係数の大きい値を示している。地下水位の観測結果について、各ボーリング孔での地下水位の変動状況をみると、盛土法部付近は雨量に敏感に反応して変動する傾向を示し、降雨終了後五ないし七日程度でもとの水位に戻り、盛土法肩付近は雨量に敏感でないが盛土上部は敏感に反応し、降雨終了後七ないし八日程度でもとの水位に戻り、いずれも調査期間中盛土内まで上昇することはなかった。次に伸縮計の観測結果は、切土斜面、切土と盛土との境界、地山と盛土との境界において水平方向の動きは全く認められず、また盛土斜面中央部にも地すべり性の有意な動きは認められず、孔中傾斜計の結果も有意な動きはなかった。
(五) 斜面の安定性を検討するため安定計算を行ったが、昭和五七年八月の多量の降雨時における最高水位の場合においても、安定計算の結果、安全率はいずれの計算方法によっても1.5以上であり、今後多量の降雨があったとしても安全であることを示している。
(六) 更に同調査に引き続き、平成三年七月二三日以降同年一一月一四日の約三か月半にわたって計器による動態観測を続けた結果、表層から深層に至るまで地すべりに関する有意な動きは観測されず、大阪商業大学関屋学舎建設予定地は依然として安定が保たれていることが確認された。
2 <書証番号略>(島道保作成の吉川報告書に対する所見書)、<書証番号略>(同人作成の質問回答書)及び当審における島道保の証言によれば、次のとおり認められる。
(一) 島道保は京都大学防災研究所で長年地すべり、山崩れを専門に研究してきたが、平成二年一〇月ころ奈良県から、「控訴人らに対し本件開発区域の安全性に関する報告書を提出するよう行政指導をしているので資料が提出されたときは点検して欲しい。」との依頼を受けてこれを承諾し、同年一一月八日に本件学舎建設予定地現場で直かに検証し、次いで平成三年八月五日に受取った吉川報告書を検討して同報告書に対する所見書(<書証番号略>)を作成提出した。
(二) 同所見書では結論として、「種々の調査結果から、本件盛土造成地は昭和五七年、平成二年の豪雨級の降雨量に対しても安定度は高い。」とした。その具体的内容は以下のとおりである。
本件造成地内の盛土がすべって付近住民らに影響を及ぼす危険性の有無を検討する場合、盛土の底から抜けるような大規模な地すべりの危険があるかどうかを中心に検討することとなるが、吉川報告書で今回された調査方法はオーソドックスなものといえる。同調査では、主として東側谷部の盛土地盤の安定性を検討するため、前記のとおり「盛土に使用された材料土の性質」、「盛土の規模とその形態」、「盛土底面と旧地山の谷方向の境界線の形状」、「盛土の基礎地盤の性質とその分布状況」、「盛土材の透水性」、「地下水の分布状況と降雨量との相関性」、「盛土の動態観測」を調査し、「斜面安定計算」を実施されているが、調査項目として妥当であり、これらの調査結果を総合的に判断して盛土の安定性を判断することとなる。この調査の中でも盛土の動態観測の結果が特に重要である。
(三) 右の各調査のためボーリング孔が堀削されているが、東側盛土の谷部分は盛土が最も深い箇所であるからそこに重点を置いて調査すれば盛土の状況を把握することができるし、盛土の安定性を検討する上で重要な「盛土のすべりを誘発するような谷の堆積物が残っているかどうか」という点を確認することができる。吉川調査では盛土と地山との全体的な関係がわかるように盛土が最も深い谷部に沿って盛土の平坦部、斜面の肩部分及び盛土法面の下部に計三本ボーリングされているので、ボーリングの位置、本数、深度は妥当といえる。
(四) 次に、地下水位の分布状況と降雨量との相関性の調査、動態観測の方法については、盛土の動態観測のうち、盛土地中の盛土底部分と地山との境界付近に有意な動きがあるかどうか、地表面の盛土部分と不動点(地山部分)との境界部分に有意な動きがあるかどうかの調査が最も重要であるが、それぞれ妥当な方法で調査されている。ところで、東側谷部の盛土法面小段部のモルタルや法枠、側溝のコンクリート壁にクラック(亀裂)が多数生じているが、これが地すべりによるのであれば盛土上の平坦部と切土の境との部分付近に段差やクラックが生じこれが広がってくるのに、右クラック発生箇所ではそのような現象は見られない。また、地すべりであれば盛土の末端部には盛り上がり現象が生じてそれにともなう系統的な亀裂が発生するが、本件ではそのような現象は現れていない。更に、地すべりが生じているのであれば、普通は土塊が下方に移動しそのたびにクラックが拡大する筈なのに本件ではクラック発見後相当量の降雨を経験しているにもかかわらずクラックは拡大する傾向がない。このようなクラックが生じた原因は、通常盛土をすると盛土の自重等による沈下が生じるので本件でもこれが影響を及ぼしたと考えられる。
(五) 吉川調査では本件の盛土に使用されている大半の材料土は礫及び礫質土に分類されているが、ボーリングコア写真やボーリング柱状図の記載、土質試験の結果に照らすと盛土全体としてはその大半がそのように分類することができ、これは盛土材としてはかなり安定した材料といえる。本件盛土下部の締め固め程度については、N値(土質の硬さをあらわす単位)が二〇から四〇と高い数値を示している。また盛土全体を見たとき一部にN値がやや低い所があるが、部分的であって全体に繋がるようなもの(地すべりの原因となるようなもの)ではない。そして、ボーリング検査の結果を見る限り軟弱な堆積物は存在しないし、盛土下部のN地も低くないので逆転型盛土はないと考えられる。盛土と地山の境界部分に岩盤風化帯が存在するが、これは本件造成地全体からみると部分的であって、盛土の基礎地盤全体の性質を表すものでなく、N値も高く盛土全体がすべるような作用を有するものではない。典型的な地すべり地帯である亀の瀬地区は膨張性粘土鉱物が多く含まれたドロコロ火山岩が重なった地層で凝灰岩が数万年という長期間の間に相当風化が進み、粘土化した所に地すべり面が形成され、地すべりが発生している。これに対し本件開発区域では、今回のボーリング検査によって得られた谷部地山の試料は新鮮かつ硬質であり、切土斜面に変状等は見受けられず地山は安定している。従って、本件造成地と亀の瀬地区とでは生成年代も地質も全く異なる。
(六) 盛土の透水性について、一般に谷地形に盛土してできた造成地では降雨の際に周辺の地域から水が盛土部に集まるため、盛土内に浸透した地下水をなるべく早く排出しなければならない。盛土内に水が溜まった状態が長く続くと盛土の安定が損なわれる。また、透水係数が一〇マイナス三乗より大きいと透水性は良いと考えられているが、本件では試験結果によればいずれも一〇マイナス二乗より大きくなっているので、本件盛土の透水性は良好である。地下水位の変動状況の観測結果に照らしても、降雨があった場合盛土内にまで水位が達しないのが殆どで、一週間もすればもとの水位に戻っている。この結果は透水性良好という試験結果と一致する。
(七) 次に、地表面、地中の動態観測について、水準測量の結果によれば、盛土斜面中央部の上部から中腹にかけてわずかな動きが認められた。しかし、不動とみなされる地山部分と盛土部分とを結んだ伸縮計に有意な動きが見られないことや、盛土地中にも有意な動きが認められないことから、これは地すべりによるものでなく、斜面のため転圧不足で締め固めしにくい所であるのと、クラックがそのまま放置され雨水が容易に浸透したため表層の一部がわずかに変状したとみられるもので、平成三年春以降はほぼ治まっている。地中の水平方向の変位についても、最も注意しなければならない地山との境界部分の動きは見られない。もっとも、地表面に近い所ではわずかに動きが見られる。しかし、地すべりによる動きの場合には、孔内傾斜計の観測をするとすべり面の所で鋭角的な動きが認められたり、その動きが系統立って徐々に増加するのが普通であるのに、本件ではそのような動きが見られないので地すべりによるとは考えられない。本件東側谷部における地下水位の変動については、殆どが盛土内までは水位が上がらず、降雨があっても一週間もすればもとに戻っているので盛土の透水性は良好である。なお、本件造成工事完了の一年後の平成元年九月二日から三日にかけて本件造成地に121.3ミリメートルの降雨があったとき東側盛土上にかなり大きな水溜まりが多数できた事実については、盛土の表面水が溜まっていることが直ちに盛土内の透水性の悪さを推定する根拠にはならないのであって、今回された透水試験や地下水位の観測結果、それにタンクモデルの方法による予測水位からすると、地下水位が盛土盤上まで上昇したとは考えられない。
(八) 斜面の安定性を検討するための安定計算について、本件で行われた方法は通常用いられているもので、本件では盛土内部に連続した弱い面がないので盛土と地山との境界部分のすべりを中心に検討するのは妥当である。安定計算を行うためには地盤の強度定数を決める必要があるが、本件東側の盛土は礫や礫質土が大半を占めるため、主としてN値から強度定数を推定し、S波速度も参考にした定数を用いられている。また、地下水位に関しては、過去五〇年間で最大級の昭和五七年台風一〇号時の実績降雨データを用いて最高水位を予測しているので妥当である。そして、安定計算の結果から、本件で中心的に検討されなければならない「盛土内部の抜けるようなすべりの有無」についてはいずれの計算方法でも1.5の安全率が確保されているので十分な安定性が備わっている。もっとも、盛土の浅い部分のすべり面を想定したケースで一ケースだけ1.4という安全率が認められるけれども、強度定数を安全側で採用していることや、工事完成後今日までの当該箇所の経過状況からして、今後同所で地すべりは発生しないと考えられる。今後学舎の建設により東側盛土の大部分が建造物で覆われると、盛土周辺部への排水が適切に行われさえすれば、盛土内への浸透水が少なくなるので盛土の安定にとって有利な材料となる。
(九) 吉川報告書で採用されている諸検査を総括すると、一部精度的に不十分な方法もないではないが実用的には十分用いることができ、調査の観点、特に盛土の動態観測及び地下水位の観測を重視する見方及びこれに対応する調査方法等調査全体として極く妥当なものである。そして、動態観測の中でも、地表面の不動点と盛土中央部の間を跨ぐように設置した伸縮計の動き及び盛土内、地中の動きを調べる孔内傾斜計の結果が安定性を判断する上で最も重要である。もともと、盛土したときはどうしても二、三年の間は変状が生じる。本件でも、地盤沈下の原因による変状が一部認められた。しかし、クラックのでき具合、特に地山と盛土との境界等周辺部の変状、末端でのクラックのでき具合は非常に不規則であることから、基本的には地すべりによる変状ではないと判断される。昭和六三年造成工事の完了後平成元年、平成二年には豪雨を経験し、平成三年にもそこそこの降雨があったにもかかわらず、クラックに地すべり的な変状が起きていない。もし本件開発区域が地すべりを起こし易い地形・土質で、かつ地すべりを起こし易い盛土施工をされているならば、平成二年の豪雨時には一メートル程度は動いていると推測されるにもかかわらず、それに対応した動き又は地すべりは全く出ていない。また地下水位の調査もしかるべくされている。そして、傾斜変動観測のためのインクリノメータが温度の影響を受けていることや一部精度的に不十分な方法があることを考慮に入れた上、各種調査結果を総合的に判断し、結論として、東側盛土が学舎建設予定地としての安定性を備えているかどうかについて、本件造成地に地すべり的な有意な動きは認められず盛土は安定している。吉川報告書において実施された諸調査の結果からすると、今後本件造成地で地すべりが発生することはなく、将来学舎を建築する場合も、建物が盛土に負担をかけなければ十分安定性を保つと考えられる。ただし、クラックをそのまま放置しているのは地すべりの原因にはならないものの盛土の安定上好ましいことではないので、適切に修理することが必要である。
3 以上のとおり認められる。被控訴人らは、<書証番号略>には多くの偽造又は改竄箇所があり、動態調査は島道保の指導によりされた、と主張するけれどもこれを認めるべき資料はなく、また、東側盛土中央部分に変状があることから地滑りが発生している旨主張し、<書証番号略>等を提出するが、前掲証拠によれば、盛土斜面はもともと転圧しにくい場所である上、コンクリート構造物以外の盛土部分に発生しているクラックがそのまま放置されているため部分的に変状しているのであって、地すべりとは関係がないことが認められ、被控訴人らの提出する右証拠によっても前記認定を覆すに至らず、他にこれを左右するに足る資料はなく、右主張は採用できない。
以上によれば、本件造成工事完成後の盛土の安全性については、客観的な事実として動態観測の結果がよく物語っているといえる。諸調査の結果本件造成地を安全と判断する吉川報告書は実用的に十分用いることができる。
四本件学舎建設工事の内容及び建設工法
次に、控訴人らが本件造成地に建設を予定している学舎建設工事が本件造成地にいかなる危険を及ぼすかにつき検討する。<書証番号略>(平成三年一一月付寺戸芳久作成の「大阪商業大学関屋学舎建設予定地東側盛土部分において建造物が盛土地盤に与える影響」と題する報告書)、<書証番号略>及び当審における証人寺戸芳久の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。右認定に反する<書証番号略>は前掲証拠と対比して採用できず、<書証番号略>によってもこの認定を覆すまでに至らず、他にこれを左右するに足る資料はない。
控訴人谷岡学園は本件造成地上に建設する学舎につき、造成開始当初一定の計画を有していたが、最初の開発許可申請から既に一五年経過し社会情勢も大きく変化し学舎建設の見通しも立たないため、当初の計画を修正すべく検討中であるが、現在の段階において一応検討している学舎建設計画の概要は、確定的ではないが、青写真等の具体的な図面はないが西側盛土に駐車場と管理棟、東側盛土上に教室二棟、研究室棟、ゼミナール棟及び厚生棟等を建設する予定でいずれも地上二階、その一部は地下一階の構造である。ところで、これらの建造物の重量が盛土地盤にいかなる影響を与えるかは、採用される基礎工法によって異なる。基礎工法には建物の重量を建物の底部の地盤に直接伝える「直接基礎工法」と建物の重量を杭を介して盛土地盤の下にある堅固な地盤に伝える「杭基礎工法」とがあるが、本件学舎建設工事においては後者が採用される。この工法による場合、建設される建物の重量はあくまで杭を通じて盛土の下にある堅固な岩盤にかかり、盛土地盤に力を加えることはない。いわば、同工法では盛土地盤の下にある堅固な岩盤の上に柱を立ててその上に建物が乗っている状態にあるといえる。従って、杭の上にどのような形状でどれ位の重量の建物を何棟建設しようが盛土地盤に影響を及ぼさないので盛土の安定性を検討しなくて済む。もっとも、同工法の採用を前提とした青写真等の具体的な設計図面が未だ作成されていないけれども、控訴人谷岡学園から調査依頼を受けた寺戸芳久はボーリング検査の結果を見て本件造成地に学舎を建設する場合は「杭基礎工法」以外にないと判断し、その旨同学園に説明済で同学園も了承し同工法の採用は確定している。現在の段階では杭を打つ場所、杭の太さ、本数は設計できるが、基礎地盤の深さが十分把握されていないため、杭の長さが決まらない状況にあり、いずれ将来各所をボーリング検査して決めることとなる。なお、学舎建設や地表面の舗装により盛土への浸透水は減少し、地盤の安定性向上に有利な条件となる。
もっとも、林設計事務所を介して控訴人谷岡学園から依頼を受けた一級建築士寺戸芳久の構造設計にかかる本件学舎建設のうち厚生棟基礎伏図、厚生棟縦横断図、管理棟基礎伏図、杭仕様・杭リスト(<書証番号略>)に基づいて杭基礎工法を施工すると、東側盛土の底部に谷筋に沿って埋設されている内径五〇〇ミリメートルの地下集水暗渠及び盛土中段に敷設されている内径五〇ないし八〇ミリメートルの集水筒と数カ所において接触する可能性が生じる。しかし、東側盛土部分は前記のように学舎建設と舗装によって地表部分の殆どが建物に覆われるため、同範囲では盛土地表部分から盛土内への浸透水はほぼなくなるが、より安全性を確保するため地下集水暗渠を破壊しないよう配慮するのがよい。具体的には、地下集水暗渠の設計図を基に現在における埋設位置を特定し、仮に杭がその箇所とぶつかるのであれば杭の位置を変更することにより接触を回避することになる。さらに、杭施工の段階で慎重な方法を講じることで万全を期すことができる。すなわち、基礎杭を打つ工法として寺戸建築士が指示したベノト工法は鋼鉄製の筒(ケーシングチューブ)を土中に押し込めて同筒の中の土をハンマーグラブで外部に排出する作業を繰り返しながら堀削を進めていく工法であるから、堀削位置が谷の底部近くに至ったときは人が孔内に入って堀削し、前記暗渠と接触しそうであれば堀削場所を変更することによって現実の施工場面で暗渠の破壊を回避できる。また、盛土中断に施設されている集水管は、盛土地表部から浸透した雨水を少しでも早く盛土外に排除するためのものであるが、同集水管の上部は殆どが学舎やアスファルト舗装で覆われるので雨水は盛土周辺の水路を通じて地区外に排出され、中段集水筒には雨水が殆ど集まることはないので、杭基礎工法の施工中仮に同筒を破損しても問題を生ずる余地は少ない。
以上のとおり認められ、右によれば、控訴人らは本件学舎建設工事に当たっては、建造物重量を直接盛土に伝えない「杭基礎工法」を採用するため盛土の安定性は何ら影響を受けないこととなる。
第五被保全権利について
被控訴人らは、「本件各工事は地すべり、崩壊等の発生し易い不安定な傾斜地を造成し学舎を建設するにもかかわらず、技術基準を無視した設計のもとに重要な防災工事を施工せず杜撰な造成工事を施工したため、盛土、切土斜面が崩壊し、地すべり、土石流又は水害を引き起こし、被控訴人ら下流住宅地の住民に多大な被害を及ぼす危険性が著しく大きい。その上本件学舎建設工事が施工されると載荷重が造成地に加わり災害発生の危険は増大し、工事完成により種々の交通トラブルも発生する。その結果、被控訴人らの生命、身体、健康等の利益を脅かす等人格権又は環境権を侵害する危険性が大きい。」旨主張する。
しかしながら、第四項の一で検討したように、本件開発区域の地形、地質的特性は地層の大部分が硬い安山岩で形成され、部分的に凝灰岩が挟在するも全体としては岩体は硬く風化の浅い地層であり、急傾斜地崩壊防止区域、地すべり防止区域のいずれにも指定されていない普通の丘陵地である事実、同項二のとおり、本件造成工事における設計、施工については、表土剥ぎ・段切り工事を施工したので逆転型盛土になっておらず、盛土内に水平排水層も施工し、東側盛土中央部分に部分的に水溜まり、クラックが発生しているけれども地下水位に影響はなく盛土の排水は良好である事実、同項三、四のとおり、盛土の安全性を検討する上で最も直接的かつ効果的な動態観測の結果、学舎等の建造物が盛土に負担をかけなければ安全であるとの結論が得られている事実、そして同項五のとおり、本件学舎建設工事では盛土に重量をかけない「杭基礎工法」が採用される事実、特に動態観測の結果に照らすと、本件開発区域において地すべり、土石流又は水害を発生して被控訴人ら下流の住民の生命、身体等に被害を及ぼす危険性はまずないものと認められ、従って被控訴人ら主張の生活権、環境権を侵害するおそれはないというべきである。また、本件各工事の完成による交通被害の発生するおそれについては、これを認めるべき資料はない。
第六結論
以上によれば、被控訴人らの本件各申請はその余の検討をするまでもなく被保全権利及びその必要性を欠きすべて理由がないのでこれを却下すべきところ、これと異なる原判決の控訴人ら敗訴部分を取り消した上被控訴人らの本件各申請を却下し、附帯控訴人らの本件各附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、申請費用及び附帯控訴費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官吉田秀文 裁判官弘重一明 裁判官鏑木重明)
別紙附帯控訴人浜口博ら九名を含む被控訴人ら目録<省略>